【SNSは人を「非人間化」する兵器】人はなぜ戦争ができるのか…哲学者マルクス・ガブリエルが語る「非人間化」のワナ
(出典 ferret.akamaized.net)

【SNSは人を「非人間化」する兵器】人はなぜ戦争ができるのか…哲学者マルクス・ガブリエルが語る「非人間化」のワナ・・・ネットの反応等のまとめ!

「人と人の間」と書いて「人間」というのは、よく的を射た言葉で、人間のコミュニケーションの基本は、その間に何もはさまないことかもしれません。

例えば、その間に、人を一人介しただけでも、自分の胃と違う解釈をされたりすることもあります。

現在では、そこにネット等のSNSを介したコミュニケーションが世界的規模でコミュニティとなってきたりもしていますが、そこに大きな落とし穴も存在します。

哲学者のマルクス・ガブリエルの「ソーシャルメディアは人を「非人間化」する兵器・・・」は、大変考えさせられます!

 

戦争や虐殺はなぜ起こるのか。哲学者のマルクス・ガブリエルは「たとえばナチスユダヤ人を非人間化することで虐殺を実行した。そのうえで現代のソーシャルメディアは、真の人間ではないステレオタイプアイデンティティを作り出すという点で、非常に危険だ」という――。

※本稿は、マルクス・ガブリエル著、大野和基インタビュー・編、月谷真紀訳『わかりあえない他者と生きる』(PHP新書)の一部を再編集したものです。

■ソーシャルメディアは人を「非人間化」する兵器

ソーシャルメディアが我々に及ぼす影響の一つに、「非人間化」(※1)という大きな問題があります。ソーシャルメディアは兵器の一部です。たしかインターネットは軍事目的で作られたもので、この技術自体に数多くの軍事用途があります。

ソーシャルメディアビデオゲームドローン攻撃と同様に私たちを非人間化するのは、真の人間ではないステレオタイプアイデンティティを作り出すからです。真に人間的な自己決定は、ステレオタイプアイデンティティではなく、非常に複雑なアイデンティティによって決まる関数です。

ソーシャルメディアが私を非人間化するのは、私が私自身について「ステレオタイプアイデンティティとは異なるもの」として考える自由を奪うからです。ソーシャルメディアは私の他者性を攻撃し、現実には私と共通点のない他の人々に私を似せていくのです。

※注1:非人間化(dehumanization) ガブリエル氏は、「我々には普遍的な道徳的価値観universal moral value)があり、違う文化がそれを覆っているだけだ」と述べている。「もし我々が皆、普遍的なヒューマニティ(人間性)に気づいていたとしたら、残忍な戦争を始められるはずがありません。真の本格的な戦争を始めようと思ったときに求められるのは、相手の非人間化(dehumanization)です」と述べている(PHP新書『世界史の針が巻き戻るとき』68頁)。

■ナチスはユダヤ人を「動物化」し虐殺した

私は非人間化には2種類あると思っています。

人間を動物として考える「動物化」と、人間を機械として考える「機械化」です。例えば脳をコンピュータと考えるのは、非人間化の一つの形です。このような発想のもとでは、意識をソフトウェアプログラムと同じように考えることができますが、現実は違います

他者を動物として考えることについて、例えば、最も過激な形をとったのがナチスですが、反ユダヤ主義ではユダヤ人を虫、サル、ヘビなどと考えました。いつの時代も特定の人の集団を動物として見るのが差別の手法になっているのです。

人種がその代表ですが、ジェンダーもそうですね。女性差別をする人々は典型的に、女性は子どもを産めるから、その特性ゆえに家にいるべきと考えます。女性を動物にしているのです。再生産する動物的な機能で捉えている。これが動物化です。

■哲学は「人間性」を守る思想

哲学には何千年も前から非人間化に抵抗する伝統があり、そこから人間性についての概念が作り上げられました。ですから哲学とは、人間から人間性を守る思想として読むこともできます。ハーバード大学で教鞭を執り、2018年に亡くなったアメリカ人の哲学者、スタンリー・カヴェル(※2)のすばらしい言葉があります。

「みずからの人間性を否定したいという願望以上に人間らしいものはない」

近著『TheMeaningofThought』(未邦訳)(※3)で述べたように、人間とは一生懸命、動物にならないようにしている動物なのです。私たちは人間という動物であるまいとしている。常に自分でないものになろうとしている。哲学はこの性向と戦っています。哲学は私たちに鏡を見せ、これがお前だ、人間という動物だと言うのです。

私たちは他の動物と同じ、ただの動物なのではありません。人間という動物なのです。非常に独特な生き物です。哲学は人間という動物を人間自身から守っているのです。

注2:スタンリー・カヴェル(1926-2018)アメリカの哲学者。ハーバード大学名誉教授。「新しくもいまだ近づきえぬアメリカ」の哲学を求めて個性的な思索を続けた現代アメリカを代表する哲学者。
注3:『TheMeaningofThought』原著タイトルはDer Sinn des Denkens.『なぜ世界は存在しないのか』(原著2013年講談社選書メチエ)、『「私」は脳ではない21世紀のための精神の哲学』(原著2017年講談社選書メチエ)に続き、マルクス・ガブリエル氏による一般書「三部作」の最終作となる著書。2018年発表。未邦訳。

■難民を拍手で迎えることに対する違和感

他者を「非人間化すること」についての、教訓となる事例があります。2015年に、何百万人という規模でシリアからの難民の方々がドイツにやってきました。そのとき、彼らがミュンヘンにおいて拍手で迎えられたのです。このことに私は衝撃を受けました。彼らはただの人間であると私は思っているからです。

私が電車でミュンヘンに行っても駅で私に拍手してくれる人はいないでしょう。でもシリアの方々がミュンヘンに来たときには何百人もの人々が拍手した瞬間があり、それがドイツでは「難民を歓迎する文化」と呼ばれました。しかし歓迎する文化は間違った態度です。これらの人々には単純に権利があるのですから。

誰かが拍手しながら「マルクス、あなたには人権がありますよ」と言ったところを想像してください。私はその相手が怖くなります。あのシリアの方々の中にもドイツ人を怖いと思った人がたくさんいるのではないでしょうか。

■「美化」も「非人間化」

難民に拍手するのは、間違った態度だと私は思います。難民には単純に権利を与える必要があるだけです。2015年インタビューで、私はシリア難民には嫌な奴になる権利もあると言いました。彼らを美化してはいけない。彼らはただの人間です。あなたや私と同じです。ただシリアから来たというだけです。

彼らは故郷で苦難に遭いました。筆舌に尽くしがたい辛酸をなめました。しかしそれは私だったかもしれない。ドイツで内戦が起きていたかもしれない。ドイツ独裁者が現れていたかもしれない。ドイツにもかつて独裁者がいました。そうしたら私が徒歩でシリアに逃れていたかもしれません。それでも私はただの私にすぎません。同じように彼らも等身大の人間です。彼らを人間として考えようじゃありませんか。

彼らを歓迎するのは非人間化することだと私は思います。彼らを美化しているからです。私たちが本当にすべきなのは彼らを庇護の権利などの権利を持つ人間として、自分たちと完全に平等に扱うことです。それが正しい態度であったはずです。

■「彼らを自分の身に置き換えて考える」

この問題に対する私の態度は、ドイツにいるすべての人間をその人の権利を通じてドイツ社会に完全に統合しようということです。難民は庇護を求めて来ており、彼らには明確に定められた権利がありますから、我が国の憲法を通じて彼らが持っている権利をすべて与えなければなりません。それ以上でもそれ以下でもないのです。

つまり、彼らを自分の身に置き換えて考えなければなりません。自分があの16歳シリア人だったかもしれない。あの42歳のシリア人だったかもしれない。自分だったかもしれないのです。それが倫理の形だと私は思います。

つまり、他者について考えるときは、他者を自分とまったく同じように考えなければなりません。自分があの人だったかもしれない。すると相手との接し方がまったく変わってきます。本気で相手の身になるのです。外見の違いなどどうでもいいことです。向こうから見れば私だって違うのですから。

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マルクス・ガブリエル(まるくす・がぶりえる)
哲学
1980年生まれ。史上最年少の29歳で、200年以上の伝統を誇るボン大学の正教授に就任。西洋哲学の伝統に根ざしつつ、「新しい実在論」を提唱して世界的に注目される。著書『なぜ世界は存在しないのか』(講談社選書メチエ)は世界中でベストセラーとなった。さらに「新実存主義」、「新しい啓蒙」と次々に新たな概念を語る。NHKEテレ『欲望の時代の哲学』等にも出演。新著『つながり過ぎた世界の先に』(PHP新書)が好評発売中。

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欧州最大の原発ザポリージャ原発があるエネルホダルから避難してきた市民が、2022年3月9日、ウクライナのザポリージャに到着した。民間人はバス12台、車両約100台で立ち退いた。 – 写真=AA/時事通信フォト

(出典 news.nicovideo.jp)

 

<このニュースへのネットの反応>

でロシアの侵略と何の関係が?

他人にことさら寛容性を求めるのに自分には全くそれがないというか、最初からそんな事は考えもしない。だから戦争が起きるんじゃないっスかね?

動物なら虐*ていいのか?ナチスはユダヤ人を動物以下のそれこそ機械や石ころのように扱ったから虐殺できたのだろ。プーチンも今ウクライナ人を石ころのように扱って大虐*ている

原始人の時から戦争してるんで戦争は人間的では・・・?

人間は感情や良識が重荷になったときに戦争をする。つまり人間を捨てて機械になりたい時だ。

人の歴史は戦争の歴史だろ

人が何故戦争をするのかだと?そんな事も分からないのか、自分達人間が*だからだ、その事を自分の言葉で表現出来ないプレオンも○○の様だな。

ヒトも所詮は地球上の一生物。過激な縄張り争いが戦争ってだけだろ。大した技術力もなく異種の天敵がたくさんいた時代は同種属の協力体制が必要だっただけ。現在のヒトの敵はヒトと言うことなのだろう。

映画版じゃないファーストガンダムのアムロの葛藤見てこい。 マトモな軍人教育受けてない民間人が「あれは人じゃなくジオンだ」って追い詰められる戦争心理表現してるから。

まるで動物や昆虫は戦争をしていないような言い方だな。動物や昆虫も種類によっては縄張りや侵入者を防ぐ争いをしてるだろ? スズメバチ=プーチン 蜜蜂=ウクライナ

生身の人間よりネットのオマエラのほうが本性を感じる。気のせいだったのか

人間「だから」戦争するんだろ。

「非人間化」するから戦争が起こるなら「人間化」するように動けば終わらせられるのかな。正常じゃない時に「同じ人間だぞ」って主張は確かに効く気はする。俺は何かしら大勢の前で説明発表する時に観客をじゃが芋化するけどあがりっぱなしだわ、冷静に考えたら「結局人やんけ」と。

何回か読んだが、戦争全く関係ないんだが。プレオンて頭の中にミソバターでも入ってるの?

ミソバターに失礼、正解は*です

あっちはこっちとあなたは私と違う

人間だから戦争するんだよなぁ…歴史の教科書に目を通したことなさそう

子供でも戦争しますね。武力がないから喧嘩とかいじめになりますけど。

いや、普通は動物も「食べる」以外に*はしないからなぁ。縄張り争いはするけど、*合いになるのは滅多に無いし。

共食いするのが生き物だから。哲学でも何でもなく自然の有り方がそうなだけ

意味がわからな過ぎるんだが、何故人間は戦争をせずに居られるのかじゃないんか?

「戦争は終わらんよ。人が人であり続ける限り」

自分しか意味が分からない与太話に明け暮れるのも人間性って事だね

人間の悪魔性とか…ふふっ。

人類にとっては*合うことを是としない歴史の方が遥かに短いだろ。この国も数百年前は内紛だらけだ。

哲学の歴史が千年というのなら、近代に至るまで哲学は平和に何ら寄与していなかったことになるな。

まあ、今までよく滅びなかったな、と。運が良かったのかな?

黒人をモノのように奴隷船に詰め込んでいたのもそう遠くない過去だ。人道や反戦という概念こそ、最近になって生まれたもの。

難民とか社会とか、比較的最近生まれた概念を検証もせずに使って人間を語ろうとしていて残念

共産主義にも同じことが言える。共産主義はいわば支配階級が人間、管理される側は家畜同然。だから自分を支配階級だと思っている共産主義者は、家畜が集まって制定した民主主義の法律を平気で破る。自分がやられて嫌な事を他人にしない、という当たり前の事も理解できない。なぜなら共産主義者の価値観だと自分は人間、他人は家畜だから。

日本の擬人化は、ある意味でこれと正反対。どんな物でも「人間化」する。八百万を人と認識する寛容の精神、これこそ日本。しかし最近はそうも言ってられない事態が続いている。卑劣な行為をする輩には時に「お前ら人間じゃねぇ!」と怒る事も必要。

↑「動物農場」を思い出したわ

「『こっちはあっちと違う』この世の闘争の全てはそれが全てだ」漫画の台詞だが、まったくもってその通りだと思うわ。

ジャイアン見てみ、お前のものは俺のもの俺のものも俺のもの。子供の社会は大体コレだぞ。社会性を身に着けてない人間なんて争うのが基本。

まるで動物や昆虫は戦争をしていないような言い方だな←まぁ強いて言えばアレは「生存競争」だからね。だけど不要な殺生を自発的かつ大規模に行うのは人類だけだからね

藤子F不二雄先生の短編に,人間の個体数が増えすぎて本能が調整の為*行進をさせてるみたいな説が出てましたね.ある程度まで個体数が減れば元に戻るだろう,とも.

ド頭から空想すんな。ユダヤ人と言う人種や民族など存在しない。入信すればだれでもユダヤ人になれる。中国人や黒人のユダヤ人もいるし、脱退すればユダヤ人を辞められる。当時ドイツなどで残虐の限りを尽くしたのがそのユダヤ教徒だぞ。ナチスヒトラーはユダヤ教徒からドイツ国民を救うために戦った英雄だ。敗戦国になったので「悪玉にされた」に過ぎない。なお原爆投下=ユダヤ人

だから、バベルの塔は崩壊する。破壊神が目覚める。終末が来る。明日は月曜日だ。週末が終わる。

29歳で教授とかスゲーな

>哲学は「人間性」を守る思想これはどうかな。真逆のことをやってる哲学もたくさんあるよ。経済学とか行動心理学とか。

哲学の歴史と言うけど、哲学って最近まではただの「キリスト教の正当化」の学問だけど。

たとえ見た目が人間でも、話し合いが通用しない相手は動物と同じだから、暴力を行使していいと思うよ。

マスゴミが必死に対立煽りしてるのは非人間だからなんですね

哲学は道徳ではないし法学でもありません(しばしば混同されますが)。社会と独立した思想でなければ普遍性は担保できないからです。したがって、最後の節にある「ドイツの憲法に従ってドイツ人と同じ権利を与えるべき」というのは、少なくとも哲学の領域からは逸脱した態度である。とだけ指摘しておきます。法は普遍でも不変でもありませんので。

哲学者って胡散臭いんだよな、自身が見てきた物事が全てであるかのように語りやがる。結局のところ感想以上のものではないだろ、証拠も何もないし宗教と変わらん。

本格的に頭のおかしいやつを新進気鋭だなんだとありがたがるのやめたら?

戦争できない動物なんかこの世に一つも存在しない、それは  動  物  と  い  う  存  在  の  定  義  だということを、この三下ウスラバカに誰か教えてやってくれないかな・・・大腸菌やコロナウイルスを石鹸手洗いでブッ*てる生存競争の勝利者の分際で、*た相手の顔も知らない自慢して何が楽しいのやら。

そもそも戦争とはこの世のことわりの一つに過ぎない。人間はむしろ社会を構築することによってそれを抑制してきた部分すらある。道を塞ぐ大岩にいくら歌を歌ってもどいてはくれないが、マイトで発破してしまえば一瞬でどいてくれる。ロシアやチャイナ、コリアはそういう事も理解せずにプロパガンダを世界中に垂れ流して自分たちは好き勝手やってるが、それは滅亡への道に他ならない。

FAM8

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